留学経験皆無ながら高度なドイツ語能力を身につけ、発音も極めて流暢だったと伝えられる。ドイツ語や英語の他、フランス語やギリシア語、ラテン語にも通じ、
法政大学で同僚だった
田中美知太郎(
京都大学名誉教授)の回想によれば、或るとき
デモステネスの文章中の条件文について質問してきたが、それは素人の質問ではなかったという。
ナチを逃れて
仙台に亡命していた
カール・レーヴィットが関口の書いたらしい公式質問書を読み、大変薄気味悪がったという話をも田中は伝えている。関口のドイツ語があまりに日本人離れしていたため、ナチス党員の誰かが書いたものではないかと疑ったというのである(田中美知太郎『時代と私』p.254-255)。