杉田玄白らは、オランダ渡りの解剖学書『
ターヘル・アナトミア』の翻訳作業を進めており、『解体新書』の出版計画を立てていた。だが、西洋語からの翻訳という前例のない書物であり、それまでの
漢方医学と相違する内容も多かったため、世に受け入れられないおそれがあった。そのため『解体新書』の一部を抜き出した『解体約図』を発行し、一般の理解を得ようとした。その他にも、『解体新書』の需要調査、さらに『解体新書』の出版が幕府の禁忌に触れないか確かめる目的があったと見られる。のちに杉田玄白は『
蘭学事始』の中で「報帖(
引札)同様のもの」と書いている。