第二水俣病は、
熊本水俣病に対しての政府の
責任回避ともいうべき対応によって引き起こされたといえる。政府は熊本水俣病が発生した時点で原因の究明を怠り、
チッソ水俣工場と同様の生産を行っていた
昭和電工鹿瀬工場の操業停止という措置をしなかったからである。熊本水俣病に対して的確な対応をしていたならば新潟水俣病は避けられたはずであるといわれる。また
昭和電工は
証拠隠滅のため都合の悪い資料をすべて破棄したと見られ、事件の全容解明はほぼ不可能とみられる。(発病の詳細なメカニズムは
水俣病を参照の事)