後を
阿部正権が
武蔵国忍藩より10万石で入封する。以後阿部氏が8代44年在封する。第7代藩主・
正外は
幕末に老中となり、攘夷派の反対を押し切って
兵庫港を開港した。これにより
元治元年(
1864年)、老中を罷免され、同時に4万石を減封された。更に、
慶応2年(
1866年)、第8代藩主の
正静は棚倉藩に転封。白河藩領は二本松藩の預かり地となったため、
戊辰戦争時は藩主不在であった。戊辰戦争においては係争の地となり、白川城は戦火によって大半を焼失した。慶応4年(
1868年)2月、正静は白河藩に復帰したが、同じ年の
明治元年12月、再び棚倉藩に移封となり白河藩は廃藩。以後、
天領(
明治政府直轄地)となり、明治2年(
1869年)8月に
白河県が設置される。明治4年(
1871年)7月の
廃藩置県をはさんで同年11月に
二本松県を経て福島県に編入された。