染色体説 wikipedia|無料辞書
染色体説(せんしょくたいせつ、Chromosome theory (of inheritance), 同: 染色体学説)とは、
遺伝の様式を
染色体の性質や挙動によって説明する学説。この学説は
遺伝子が染色体上にあることを示しており、現在
生物学では当然の前提とされる。
メンデルの法則の実証、古典遺伝学の発展、
分子遺伝学の基礎形成に深く関連したことで、生物学において重要である。ただし
ミトコンドリアDNAなど
細胞核外の遺伝因子による
細胞質遺伝はこれに従わない。
◆ 染色体説の背景
染色体説提唱の背景には、全ての細胞は細胞から生じるとする
細胞説と、当時再発見されたばかりの
メンデルの法則がある。20世紀初頭、黎明期の
遺伝学と、先行して発展していた
細胞学の融合から、遺伝の染色体説が誕生した。
メンデルの法則は
1865年に報告されるが、歴史に埋もれ、再発見されるまで35年を要した(詳しくは
メンデルの項目を参照)。遺伝の連続性が保証される背景には細胞説があり、これに基づく古典的な細胞学は、
染色・観察技術の発達とともに
19世紀末までには発展を遂げていた。また
ヴァイスマンは遺伝因子は生殖細胞にあるとする
生殖質説を提唱しており、移植実験などからは
細胞核に遺伝物質があることが予測されていた。
1842年に発見された
染色体に関しても、続く研究でさまざまな生物種における種類や数、
細胞分裂において母細胞から二つの
娘細胞へと受け継がれる様子などの知見が蓄積しつつあった。
このように19世紀末には染色体説の下地ができていたが、遺伝の染色体説を主張するためには、
配偶子形成における染色体の挙動を示す必要があった。なぜなら、遺伝の一過程である受精では、卵子と精子の融合によって染色体数が倍加するため、あらかじめ染色体の減数が必要である。しかし、この過程に関する知見がまだ得られていなかった。
◆ 減数分裂における染色体の挙動と染色体説の提唱
遺伝の染色体説を明確に提唱したのは
ウォルター・S・サットンの1902年の論文が最初である。彼は
バッタの一種
Brachystola magna を用いて減数分裂の細胞学的な研究を行い、
配偶子形成における染色体の挙動がメンデルの法則に従うことを見いだした。メンデルの法則が再発見されて間もない頃である。
サットンはこの昆虫では染色体が大きくはっきりと観察できる利点を利用し、配偶子形成における染色体の観察を行った。1902年の論文『
Brachystola magna における染色体群の形態について』において、配偶子形成時の細胞分裂では
相同な染色体(相同染色体)どうしが対を作っており、これらが配偶子に一つずつ分配され、染色体数の半減、すなわち
減数分裂が起こることを示した(右図、および
減数分裂の項目参照)(Sutton, 1902) 。配偶子形成における染色体の減数と分配が明らかになったことで、それまで推測の域を出なかった染色体説に対して最初の明示的な証拠が提出された。この論文の最後の段落でサットンは「この現象がメンデルの法則に従っており、これが遺伝の物理的基盤である可能性を示唆し、この主題について場を改めてすぐに紹介したい」と述べている。そして翌年の論文『遺伝における染色体』では、この仮説をより発展させ、それぞれの染色分体がランダムに分配されることから、メンデルの法則を説明した (Sutton, 1903) 。
配偶子がもつ染色体の組み合わせは、体細胞の相同染色体対の累乗であり、次世代における染色体の組み合わせはさらに累乗する。つまり2組の相同染色体をもつ場合、配偶子は 2
2=4、次世代は 4
2=16 通り生じる。これはメンデルが交配実験で得た結果と合致する(具体例は
メンデルの法則を参照)。さらに、この論文では一つの染色体には多数の遺伝形質が存在することを予言し、またそれらは不分離だろうと述べている(実際には
組換えが起こる)。
ここにおいて25歳の大学院生だったサットンによって細胞学から遺伝現象へと手が差し伸べられたのである。後に遺伝学的手法により染色体説を実証した
モーガンやスターティヴァントは「サットンの仮説で染色体説は既に完成していた」と著書や講演の中で述べている。
サットン以外にも染色体説を考えていた学者は少なからずいた。ウィルソンは1902年の論説『メンデルの遺伝の原理と生殖細胞の成熟』でサットンの他にW・A・キャノンと
テオドール・ボヴェリに触れている (Wilson, 1902)。コロンビア大学の学生だったキャノンは、やや直接的ではないもののサットンとは独立に、綿花を用いた妊性の実験から同様の結論に到達していた。彼の論文は1902年に発表されている。ウィルソンが染色体説を「サットン-ボヴェリの染色体説」と呼んだことからもわかるように、ドイツの細胞学者テオドール・ボヴェリも同時期に同様の構想をもっていたと言われる。しかし彼はこの時期には直接的に染色体説を示唆する論文を書いていない。ただし
ウマノカイチュウや
ウニを用いて研究を行っており、受精卵の染色体は卵と精子から半分ずつ由来することや、卵の細胞核を除いて受精させてもある程度まで発生が進むことを観察していた。これらは染色体説を支持する観察である。
◆ 遺伝学による実証
・染色体説 page1
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