18歳で朝頼丸で、
香港に渡り、
中国各地、
シンガポール、
カルカッタ、香港、
ハノイ、
台湾、
東インド諸島を転々とし、さまざまな仕事、事業を経験した。宿屋、理髪店、女郎屋、行商、真珠貝採取、通訳、食堂、労務者の周旋、野菜栽培、製菓など。その後旅館や製紙、製菓などの事業を手がけ、その傍ら
遊郭で働く
からゆきさんの救出をしているうちに、自ら女衒となり、遊郭も経営する。彼の仕事は明治から大正初期までは隆盛を誇ったが、1919年(
大正8年)に廃娼制度開始、
1937年(昭和12年)に海外売春婦廃止令が出されてからは、事業も立ち行かなくなり、日本に引き上げ、
神戸に住んだ。晩年は、妻の郷里である
天草に帰り、そこで亡くなった。