搾ってからそのまま冷却して固めたものを「生蝋」(きろう)と呼び、さらに
蝋燭の仕上げ用などにはこれを天日にさらすなどして漂白したものを用いる。かつては蝋燭だけでなく、びんつけ、艶(つや)出し剤、膏薬などの医薬品や化粧品の原料として幅広く使われていた。このため
商品作物として明治時代まで西日本各地で盛んに栽培されていた。
長崎県では
島原藩が藩財政の向上と藩内の経済振興のため、特産物として栽培奨励をしたので、
島原半島で盛んにハゼノキの栽培と木蝋製造が行われた。特に
昭和になってから選抜された品種、「昭和福櫨」は、果肉に含まれる蝋の含有量が多く、島原半島内で広く栽培された。木蝋製造は
島原市の本多木蝋工業所が伝統的な玉絞りによる製造を続け、伝統を守っている。