・七年,少保の階級を得る。同年、西北での戦争により、軍機房を隆宗門内に設け、怡親王
允祥より、その仕事を大学士の
?廷錫が取締った。
雍正帝の臨終で、
オルタイ(鄂爾泰)と共に勅命をうけて大臣となった。
乾隆帝の時代に、両朝の元老となった事を朝廷が重くみて、死後太廟へ祭られた。清の時代を通して、漢民族の大臣で太廟へ祭られた者は張廷玉ただ一人である。
張廷玉の人となりは小心翼々として、「萬言萬當、不如一默」(清:黄山谷の言)謹んで守った。そのため雍正帝は彼を「器量純全、抒誠供職」と讃え「大臣中第一宣力者」と称した。