紀元前214年に
秦始皇帝が南海県を設置し、治所を番禺(現・広州市)に置いた。
漢代には
交州に所属し、
呉代に大部分を広州として分割した。
唐代には広西と併せて嶺南道となった。
北宋代に広南道と改名し、
元代に広東道が成立、
明代には広東布政使司が管轄、
清代に広東省となった。古代の
百越の地で、歴史的に見ると経済の発展は遅く、明代にようやく長江下流域と肩を並べる経済先進地域に発展した。
1979年の
改革開放以後、香港と近接する広東省は外資の導入で経済的に大飛躍を遂げた。
深?、珠海の経済特区を有する広東省は省内国民総生産、外資導入額、輸出額、地方税収額で全国各省市区の首位に立ち経済的に非常に富裕な省となった。速報値では
2004年の生産総額(GDP)は対前年比14.2%増の16.040億
元で、引き続き全国首位を確保している。輸出額は対前年比25.3%増の1,915億
米ドルで、
大韓民国、
ロシア向けが好調である。