市之川鉱山がいつ頃発見されたかは定かではなく、
延宝7年(
1679年)に
曽我部親信が発見し『市之川鉱山沿革誌』にまとめたのが市之川鉱山の発見といわれているが、それよりも遥か以前、
文武天皇2年(
698年)に
朝廷に対して
伊予国から
白目(白錫、白鑞と記すこともある)が献上された事が『
続日本紀』に記されている。現在、白目というのはアンチモンを主成分とし
ヒ素を含む鉱物を意味し(しかし輝安鉱自体はヒ素を含んではいない)、献上されたものが市之川鉱山産の輝安鉱ではないかという説もある。この説が正しければ「市之川鉱山は国内最古の鉱山のひとつ」ということになる。