しかしながら長大
トンネル等の土木技術が確立途上にあった時期の建設であり、山肌を縫うように建設された
結果、高速道路としてはカーブやアップダウンの多い
線形となり、大半の区間で
最高速度が80
km/h以下に
制限されている。1997年に山陽自動車道が全線開通すると、通過交通の大半が直線的に計画された山陽自動車道へシフトする状態となっている(、の節を参照)。現在は日本を縦断する
国土軸においては山陽自動車道を補完する役割を担っている。また、中国山地沿いの各都市(
津山市、
新見市、
庄原市、
三次市、
美祢市など)や、
米子自動車道・
浜田自動車道等を介して接続される山陰地方の各都市にとっては、他地域との交流の上で欠かせない重要な交通ルートとなっている。