1865年、パスツールは
養蚕業の救済に取り組んだ。その頃、微粒子病と呼ばれる病気により、たくさんの
カイコが死んでいた。カイコについての基礎知識を得るため
ファーブルを訪問したとき、ファーブルはパスツールのあまりの無知ぶりに驚いたという。
日本の
江戸幕府将軍徳川家茂よりフランス皇帝
ナポレオン3世に対してカイコの卵の贈呈があり、研究用としてその一部を分け与えられたパスツールはそこから多くのヒントを得た。研究の途中、
1867年に脳卒中で倒れ、左半身不随になったが、微粒子病がカイコの卵への
ノゼマ(
Nosema apis)と呼ばれる
原生生物の感染であることをつきとめ、微粒子病を防止する道をひらいた。
その経歴からもわかるように、彼の業績は非常に幅広い。初期には化学、その後、生物学と医学の分野へと変遷しており、それぞれにおいて大きな発見を成し遂げた。特に、化学における分子の立体構造の予測や、ウィルスの培養とワクチン開発など、いずれも科学の進歩を数十年先取りしている面がある。
そこで彼は、人工的に合成された
酒石酸の
塩(酒石酸ナトリウムアンモニウム)の小さな
結晶を調べていて、結晶には非対称な2種類の形があり、それぞれが
鏡像になっていることに気が付いた
[L. Pasteur, Ann. Chim. Phys. 1848, 24, 442.]。退屈な分離作業の結果、2種類の酒石酸の塩が得られた。この塩の一方の溶液では、偏光面を時計回りに回転させるのに対し、他方は反時計回りに回転させるのだった。そして、これら2種類を等量混合したものは、
偏光に対して何の効果も及ぼさなかった。さらに、等量混合したものに
微生物を混入すると、偏光面は片側のみになった。