チェルノフルスキーは、
プラハの東45kmほどの街、ニムブルクで生まれ、プラハで
論理学を学んだ。1703年に
フランシスコ会に入信し、1715年から
パドヴァの聖アンナ教会の聖歌隊指揮者となった。1728年にプラハに戻りオルガン教師の職を得、1739年には聖ヤコブス教会の音楽監督に就任した。1742年に
グラーツで亡くなった。オルガンのための《
前奏曲と
フーガ》の他、
モテット、
連祷、
晩祷、1曲の《
レジナ・チェリ》が遺された。彼の作品の多くは、1754年の火災で焼失してしまった。