1492年8月3日に
ポルトガルのパロス港(パロス・デ・ラ・フロンテラ)を出港し、
9月6日には
カナリア諸島に寄港し、
大西洋の横断を開始した。同年の
10月12日の夜明けに、後に
バハマと呼ばれることとなる域内にて、この船の船員によってそれまでのヨーロッパ人にとっては未知の島が発見され、この島はコロンブスによって
サン・サルバドル島と名付けられた。その後、船長であるマルティン・アロンソ・ピンソンの独断により、一時的に他の2隻と離れて別行動を取るが、明けて
1493年の1月にはコロンブスと合流し(この時点でコロンブスはサンタ・マリア号を失っていた)、間もなくニーニャ号とともにスペインへの帰途に着き、
3月15日にパロス港に帰着した。