グリニャール試薬 wikipedia|無料辞書
グリニャール試薬(グリニャールしやく、Grignard reagent)は
ヴィクトル・グリニャールが発見した有機マグネシウムハロゲン化物で、一般式が R-MgX と表される
有機金属試薬である(R は有機基、X はハロゲンを示す)。昨今の
有機合成にはもはや欠かせない
有機金属化学の黎明期を支えた試薬であり、今もなおその多彩な用途が広く利用される有機反応試剤として、近代有機化学を通して非常に重要な位置を占めている
[Smith, M. B.; March, J. Advanced Organic Chemistry, 5th ed.; John-Wiley & Sons: New York, 2001. ISBN 0-471-58589-0 - グリニャール試薬を用いた反応を網羅している。][K?rti, L.; Czak?, B. Storategic Applications of Named Reactions in Organic Chemistry; Elsevier: Amsterdam, 2005; pp 188?189. ISBN 0-12-429785-4 - グリニャール反応に関する論文など38の参考文献が記載されている。]。
その調製は比較的容易であり、
ハロゲン化アルキルに
エーテル溶媒中で金属
マグネシウムを作用させると、炭素-ハロゲン結合が炭素-マグネシウム結合に置き換わりグリニャール試薬が生成する。生成する炭素-マグネシウム結合では炭素が陰性、マグネシウムが陽性に強く分極しているため、グリニャール試薬の有機基は強い
求核試薬 (形式的には R
-)としての性質を示す。
また、強力な
塩基性を示すため、酸性プロトンが存在すると、
酸塩基反応によりグリニャール試薬は
炭化水素になってしまう。そのため、
水の存在下では取り扱うことができず、グリニャール試薬を合成する際には原料や器具を十分に乾燥させておく必要がある。これらの反応性や取り扱いは
アルキルリチウムと類似している。
◆ 発見
グリニャール試薬の発見までは1849年に
エドワード・フランクランドによって発見された
ジアルキル亜鉛がアルキル化剤として使用されていた。しかしジアルキル亜鉛には空気と触れると容易に発火する、調製できる
アルキル基が限られている、反応性があまり高くないといった問題点があった。
ヴィクトル・グリニャールの師匠であった
フィリップ・バルビエールは
カルボニル化合物とハロゲン化アルキルの混合物をマグネシウムに作用させると、ハロゲン化アルキルのアルキル基がカルボニル化合物に付加した
アルコールが得られることを発見していた。しかし反応の再現性が悪かったため、グリニャールにより詳しい検討を行なうように勧めた。
フランクランドはジアルキル亜鉛をエーテル中で調製する方法を試みていた。しかしこの方法ではジアルキル亜鉛にエーテルが配位した化合物が沈殿してしまい利用が困難であった。1900年にグリニャールはこの方法をマグネシウムに適用し、
亜鉛の場合とは異なり均一な
有機金属化合物の溶液が得られてくること、この有機金属化合物が多くのカルボニル化合物と反応することを発見した
[Grignard, V. "Some new organometaric combinations of magnesium and their application to the synthesis of alcohols and hydrocarbons". C. R. Acad. Sci. 1900, 1322?1324.]。
この有機金属化合物は R-MgX の組成を持つと考えられ、この化合物はグリニャール試薬と呼ばれるようになった。1912年にグリニャールはこの業績により
ノーベル化学賞を受賞した。
◆ 調製
グリニャール試薬の調製法は
・ハロゲン化アルキルとマグネシウムの反応
・酸性度の高い炭化水素に他のグリニャール試薬を作用させる
・ハロゲン化アルキルと他のグリニャール試薬の金属-ハロゲン交換反応
・他の有機金属化合物とハロゲン化マグネシウムとのトランスメタル化反応
などが知られている。
◇ ハロゲン化アルキルとマグネシウムの反応
一般的なグリニャール試薬はハロゲン化アルキルとマグネシウムの反応で調製される。これは以下のように行なう。
#良く乾燥し不活性ガス(窒素、アルゴン)で置換した反応容器にマグネシウムを入れる。ここで撹拌してマグネシウムを少し破砕しておくとグリニャール試薬の生成がスムーズになる
[Baker, K. V.; Brown, J. M.; Hughes, N.; Skarnulis, A. J.; Sexton, A. J. Org. Chem. 1991, 56, 698-703. DOI: [外部リンク] 10.1021/jo00002a039 撹拌後のマグネシウムの表面写真あり。]。
#少量のハロゲン化アルキルのエーテル溶液を添加し撹拌する。多くの場合、反応溶液は一旦濁った後、グリニャール試薬の生成に伴う急激な温度の上昇を伴って黒色から褐色の透明な溶液になる。グリニャール試薬の生成は
自触媒反応であるとされており急激な反応となる。そのためグリニャール試薬の生成に伴う発熱が起こる前に、ハロゲン化アルキルを多く加えすぎているとグリニャール試薬の生成が起こった際の発熱が大きすぎて反応が暴走し、あたりに反応溶液が撒き散らされる結果となってしまう。
#残りのハロゲン化アルキルのエーテル溶液を適切な反応温度を保つスピードで滴下していく。
Image:Grignard reaction experiment 01.jpg|マグネシウム片をフラスコに入れる。白いものは攪拌子。
Image:Grignard reaction experiment 02.jpg|溶媒を入れ、活性化のためヨウ素の小片を加える。
Image:Grignard reaction experiment 03.jpg|アルキルハライドの溶液を滴下する。
Image:Grignard reaction experiment 04.jpg|滴下終了後、しばらく加熱を続ける。
Image:Grignard reaction experiment 05.jpg|グリニャール試薬の生成が完了。少量のマグネシウムが未反応のまま残っている。
Image:Grignard reaction experiment 06.jpg|次の反応に備え、溶液を冷却する。グリニャール試薬が白色固体として析出している。
Image:Grignard reaction experiment 07.jpg|カルボニル化合物の溶液を滴下する。
Image:Grignard reaction experiment 08.jpg|滴下終了後、溶液を室温まで温める。付加反応は完了しており、このあと加水分解を行う。
ハライドの反応性
グリニャール試薬生成の際の反応性はヨウ化アルキル > 臭化アルキル > 塩化アルキルの順でフッ化物は普通の調製法ではグリニャール試薬を生成しない。また同じハロゲン原子においては反応性は第1級ハライド > 第2級ハライド > 第3級ハライドの順である。
逆にグリニャール試薬自身の求核性は塩化物 > 臭化物 > ヨウ化物であるので、適切なハロゲン化物の選択が重要となる場合もある。
マグネシウム
グリニャール試薬の調製には削り屑状マグネシウム (magnesium turning) を使用することが多い。粉末状のマグネシウムでは反応速度が速くなりすぎて局所的な加熱による
ウルツカップリングが起こりやすくなり、収率が低下するためである。
マグネシウムの活性化には機械的撹拌やヨウ素や1,2-ジブロモエタンが添加される。ヨウ素はマグネシウムの酸化膜を切削する。1,2-ジブロモエタンはマグネシウムと反応すると臭化マグネシウムとエチレンとなる。また、グリニャール試薬の生成が自触媒反応であることを利用して、以前に調製したグリニャール試薬を開始剤として添加する場合もある。
溶媒
用いるエーテル系溶媒の選択も重要である。マグネシウムへの配位力の高い溶媒ほどグリニャール試薬生成の際の反応性を高める。そのためジエチルエーテルよりテトラヒドロフランや1,2-ジメトキシエタンの方がグリニャール試薬生成の反応性は高い。このためアルケニルハライドやアリールハライドのような反応性の低いハライドからのグリニャール試薬の調製は普通テトラヒドロフラン中で行われる。しかし、逆にテトラヒドロフランはウルツカップリングを促進し、反応性の高いヨウ化アルキルやハロゲン化アリル、ハロゲン化ベンジルからグリニャール試薬を調製する場合には収率が大きく低下する場合がある。これらのテトラヒドロフラン溶液が必要な場合には、一旦ジエチルエーテル中でグリニャール試薬の調製を行った後、溶媒置換を行う方が良い。
・グリニャール試薬 page1
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