イタリアブレシア県の
コルテノ・ゴルジにて生まれる。父は内科医で、地区のmedical officer。
パヴィア大学にて
医学を学び、同大学の
実験病理学研究室にて、
骨髄の特性を解明したことで知られるの元で研究を行った。
1865年卒業。
中枢神経系の研究に多くの時間を費やした。
19世紀後半、
神経組織の研究を行うのに十分な
染色技術は無かった。
精神病院に勤務している際に、彼は主に
銀を使う
金属による
神経の染色方法の実験を行った。彼は全体のうち、ランダムに一部の細胞のみを染色するという神経組織の染色方法を発見した。これにより初めて
脳の中の神経の経路を確認することが出来た。彼はこの染色を「黒い反応」と呼んだが、後に彼の名前を付け、
ゴルジ染色法と呼ぶようになった。何故一部の細胞のみが染色されるかはまだ不明である。
この染色は
硝酸銀を
重クロム酸カリウムと反応させることで、
クロム酸銀の粒子を
神経鞘に固定させる。結果、
軸索と、
樹状突起と同様に
細胞が完全な黒に染色され、黄色の背景と比べ、非常に鮮明で
コントラストがよい染色である。神経細胞を視覚化することにより、
ニューロン説が受け入れられるようになった(ただし、ゴルジは神経細胞が合胞体であるとする網状説を唱えていた。ニューロン説はゴルジ染色法を改良したことで知られるサンチァゴ・ラモニ・カハールによって提唱された)。