この時代、イギリスでは天然痘はしばしば流行していた。これに対する
予防法としては
18世紀初頭に、天然痘患者の膿疱から抽出した液を健康な人間に
接種するという方法がアラブ世界からもたらされたが、この予防法では接種を受けた者の2パーセントは重症化して死亡するなど、危険を伴うものであった。
ジェンナーが医師として活動していた頃には、
牛痘にかかった人間は、その後天然痘にかからないという農民の言い伝えがあった
[ 吉田太郎 『世界がキューバ医療を手本にするわけ』 築地書館、2007年、86頁。] 。天然痘に比べると、牛痘ははるかに安全な病気であった。ジェンナーはこれが天然痘の予防に使えないかと、
1778年から18年にわたって研究を続け、
1796年5月14日、
ジェームズ・フィップス()という8歳の少年に牛痘を接種した。少年は若干の発熱と不快感を訴えたがその程度にとどまり、深刻な症状はなかった。6週間後にジェンナーは少年に天然痘を接種したが少年は天然痘にはかからず、牛痘による天然痘予防法が成功した。
1798年、これを発表し、その後、種痘法はヨーロッパ中にひろまり
1802年、イギリス議会より賞金が贈られたが医学界はこの名誉をなかなか認めなかった。また一部の町村では、牛痘を接種すると牛になると言われて苦労したが、接種を「神の乗った牛の聖なる液」と説明したと言われる。しかしその後の天然痘の大流行を機にジェンナーの種痘法は急速に普及し、彼は「近代免疫学の父」と呼ばれるようになった。