1898年に
カンザス大学の細胞学者
クラレンス・E・マクラングの学生として染色体研究を始めた。1900年からはマクラングの勧めで
コロンビア大学に移り、細胞学の大家である
エドマンド・B・ウィルソンの元で博士課程の大学院生として研究を行う。マクラングはバッタ
Brachystola magna において
性染色体を発見し、その研究を行っていた。このバッタは染色体が大きく、観察しやすいという細胞学研究上の利点があった。サットンはこの昆虫のオスの精子形成では
生殖細胞に特異的な
細胞分裂、つまり
減数分裂において染色体が大きくはっきりと観察できることを見いだし、その観察を行った。この研究をウィルソンの研究室で発展させ、減数分裂における染色体の挙動は
メンデルの法則に従うとする「染色体説」を提唱した (Sutton 1902, 1903)。博士課程を中退し、その後は医師となる。
・ W. S. Sutton. "On the morphology of the choromosome group in Brachystola magna" Biological Bulletin, 4:24-39, 1902. (Primary) (*)
・ W. S. Sutton. "Chromosomes in heredity" Biological Bulletin, 4:231-251, 1903. (Primary) (*)